バナナ特性と重ね合わせて見る門司港の歴史

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歴史の中で実際にあったかどうか分からないものに関して神話と言う形で残される場合があります。

その神話の中に東南アジアやニューギニアを中心に世界各地に伝わる「バナナ型神話」と呼ばれるものがあります。

『神様が人間に対して石とバナナのどちらか一つを選ぶように命じます。人間は食べられない石よりも、食べる事の出来るバナナを選びます。石は硬くて変質しない為、石を選べば不老不死の身体を得られる事が出来できたのですが腐りやすいバナナを選んだ為、人間は死ぬようになった』

要点は目先の実利を選択してしまうところにあります。

日本でも古事記の中にバナナ型神話を見る事が出来ます。

『国津神(くにつかみ)のオオヤマツミは娘のイワナガヒメ(姉)とコノハナノサクヤビメ(妹)の姉妹を降臨した天孫(天の神の子孫)のニニギに嫁がせます。しかし、ニニギは醜いイワナガヒメを帰し、美しいコノハナノサクヤビメとのみ結婚してしまいます。コノハナノサクヤビメは天孫の繁栄の象徴、イワナガヒメは天孫の長寿の象徴として嫁ぎましたが、イワナガヒメを帰してしまった為に天孫は短命になった』

如何ですか?

目先の実利にとらわれず先を見据えなければならないと言う事ですね。

神話ではバナナを例えにして物事の価値判断を見誤ってはいけない事を示唆していますが実際のバナナは早く売り切ってしまう必要があります。それで生まれたのが「バナナの叩き売り」です。

そのバナナの叩き売り発祥の地が門司港(もじこう:北九州市門司区)とされています。↑門司港↑バナナの叩き売り発祥の地

明治初期、政府は「富国強兵」をめざして殖産興業に力を注いでいました。

そのような時代背景の下、石炭の主要産地である九州北部の筑豊で採れた石炭は若松港(北九州市若松区)から積み出されていましたが水深の浅い若松港は大型船の入港には不向きであり十分な機能を備えていませんでした。

そこで計画されたのが水深が深く本州と九州の結節点にあるなどの利点を持つ門司港の建設です。

1889年(明治22年)11月に門司港は開港します。

開港後は日清・日露戦争の物資の輸送の拠点となる等で発展して行きます。

それに便乗したのが物の1つがバナナです。

バナナは記録上では1903年(明治36年)に台湾から輸入されたのが初めてとされています。

その後、1908年(明治41年)頃から輸入量が増加し、地理的に台湾と近い門司港はバナナの流通拠点として大量に荷揚げされることとなりました。

傷ものは商品価値が大きく落ちてしまいます。保存の技術がなかった当時は傷みも早く進んでしまう事から換金のため廃棄前にバナナを売り切ってしまう必要がありました。それがバナナの叩き売りの始まりです。

門司港はその後も銀行・商社・海運会社の支店が相次いで進出するなど、外国航路の拠点および貿易港として発展して行きました。

しかし、1942年(昭和17年)に関門鉄道トンネルが開通すると、門司港駅を経由せずに本州との行き来が可能になった事に加え、戦後に中国などとの大陸側との貿易が途絶えた事から門司港の重要性は急速に薄れて行きました。

現在は当時の建造物を中心に、ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポット「門司港レトロ」として年間200万人以上の人が足を運ぶ街となっています。

そではレトロ地区を散策してみましょう!↑門司港駅(駅舎では日本初の国の重要文化財として指定)↑旧門司三井倶楽部(アインシュタイン夫妻も宿泊した事がある)↑旧大阪商船↑旧門司税関↑大連友好記念館↑門司港レトロハイマート↑門司港レトロハイマート展望室から見た門司港レトロ ↑九州鉄道記念館
↑旧大連航路上屋

ワクワク感満載の街ですね!

さて、話をバナナに戻します。

一度実がなったバナナの木は枯れてしまうそうです。この事もバナナが神話のアイテムとして使われた理由になっています。

ではバナナはどのように繁殖させるのでしょうか?

バナナの栽培は株元から吸い芽と呼ばれる子供が出てくるのでそれを切り取って植え替えて繁殖させるそうです。

門司港とその周辺に目を向けると縄文時代から人が住み、大化の改新(645 年)の翌年には「門司関(もじがせき)」と言う関所が設けられ交通の要衝として栄えていたようです。室町時代には日明貿易の基地になっています。戦国時代は九州に勢力を伸ばそうとした毛利氏の拠点として門司城が置かれています。

このように門司港とその周辺はバナナの木が枯れて新しい芽と入れ替わるように歴史の中で常にその役割を入れ替えて来ました。

遠い将来、門司港はどのように変化して行くのか分かりませんがバナナが親木から出た芽を引き継ぐように前世代の良い面を残しつつ新しい形態へと変わって行く事でしょう。

門司港を訪れた際は現在の形態である観光スポットとしての門司港を是非満喫して下さい!

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