望み通りにならなかったりして、気を落とすさまを「がっかり」と表現します。
ブリュッセル(ベルギー)の小便小僧
コペンハーゲン(デンマーク)の人魚姫
シンガポールのマーライオン
これらの共通点は何だか分かりますか?
どのようにして選ばれたのかは分かりませんが「世界三大がっかり名所」だそうです(^^;
まー、確かにその通りと言われればその通りでしたけど。。。。。
最近、日本にも「日本三大がっかり名所」と呼ばれる場所があると知りました。
今回は、その中でも不名誉な1位に選ばれてしまった高知の「はりまや橋」の汚名返上をする為に記事を書く事としました。
高知の皆さんの為にも最後までお読みくださいね。
ちなみに残りの二つは札幌の時計台と長崎のオランダ坂だそうです。こちらの汚名返上の記事はいずれ書きたいと思います。
まずは、簡単にはりまや橋について説明します。
はりまや橋は高知市の中心部にある長さ20mほどの小さな橋です。
江戸時代にお堀によって隔てられていた高知の豪商・播磨屋(はりまや)と櫃屋(ひつや)が互いの往来の為に架けた私橋が後にはりまや橋(播磨屋橋)と呼ばれるようになりました。
当時は簡素な木造の橋だったそうですが何度も架け替えられ、現在の朱塗りの欄干が登場したのは1958年(昭和33年)に南国博覧会が開催された時との事です。
街の発達に伴い道路は整備・拡張され1998年(昭和63年)に車両用のはりまや橋の隣に歩道専用のはりまや橋が設けられました。
↑車両用のはりまや橋
現在、はりまや橋周辺は綺麗に整備され、はりまや橋公園となっており市内の幹線道路が交差し市電やバスの停留所が位置する交通の中枢地となっています。
↑はりまや橋公園
↑はりまや橋周辺
さて、話を変えます。
日本全国で舞われる「よさこい踊り」を御存知ですよね。その原点は高知にあります。
農作物を狙う鳥を追い払うための道具・鳴子(なるこ)をカチカチと鳴らしながら踊る様子は躍動感がほとばしり見ごたえ抜群ですよね。
よさこい踊りは1953年(昭和28年)に高知市の商工会議所が第二次世界大戦後の不況を吹き飛ばそうと企画した「よさこい祭り」のために創作された踊りです。
「よさこい」とは高知県の方言で「夜さり来い(夜にいらっしゃい)」という古語が変化した言葉。祭りは遅くまでやっているので「夜も祭りを観に来て!」と言った解釈になるのでしょう。
更に、この踊りの為に作られた曲のタイトルが「よさこい鳴子踊り」です。
現在では踊りに使用される曲は自由にアレンジすることが出来るそうですが必ずよさこい鳴子踊りのフレーズ(曲)をどこかに入れなければならないそうです。
そしてこのよさこい鳴子踊りは高知に残る民謡「よさこい節」から誕生しています。
そのよさこい節の最初の歌詞は次の通りです。
「土佐の高知の はりまや橋で 坊さんかんざし買うを見た ハアヨサコイヨサコイ♪」
はりまや橋が出て来ますね!
よさこい節は高知に伝わる民謡で、このフレーズは江戸時代に実際に起こった事件が基とされているそうです。
高知の竹林寺の僧・純信(じゅんしん)が20歳年下の町娘・お馬(当時17歳)と禁断の恋に落ち、駆け落ちするも捕まり2人別々の場所へ国外追放されて結局一緒にはなれなかったという悲恋話です。
と言う事でお分かりでしょう。
今や日本各地に広がったよさこい踊りの原点がはりまや橋にあるのです!
はりまや橋はよさこい踊りの発祥の地といえるのです!
はりまや橋発信のよさこい踊りが日本中に活力を広め続けているのです!
有名な大企業でも最初はボロボロの小屋だったとか言う話があるように発祥の地と言うのはだいたいが貧相なもので最初から立派な方が稀なのです。
はりまや橋も同じなのです。その存在自体が重要なのです。
それでも「がっかり」は「がっかり」だと言うのであれば、例えば「三人寄れば文殊の知恵」「三本の矢」のように3つ揃えば力を発します。
三大がっかり名所も3つとも行けば大手を振って3ヶ所制覇したと言えますね。これでがっかりから解放されます。
そもそも日本のトップ3に選ばれる事自体が難しい事です。これによって知名度が上がった事は間違いありません。
以上のようにプラス発想でとらえると良い事づくめであることに気付く事が出来ます。
高知を訪問した際は是非ともはりまや橋に足を運びプラス発想で橋を渡って下さい!