天寧寺に積もる悲劇

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積もる悲劇を包み込む為に存在するのだろうか。

秋になると萩の花が咲くことから別名萩の寺とも言われる天寧寺(てんねいじ:滋賀県彦根市)。↑天寧寺_法堂(本堂)と石庭

この寺を訪れた時、境内の片隅にひっそりと佇む石碑に興味を引かれた。

そこには「たか女之碑」と刻まれていた。

たか女とは?

この石碑の話を進めるに当たり、まずは天寧寺の一番の見所である仏殿に足を踏み入れてみよう。↑天寧寺_仏殿(羅漢堂)

そこには圧倒される光景が待ち伏せている。

自分の探し求める人に必ず出会えると言われる五百羅漢は躍動感を内に秘めながら理路整然と並べられている。↑天寧寺_仏堂(羅漢堂)_五百羅漢

近江彦根藩の第13代藩主・井伊直中(いいなおなか)は奥勤めの腰元(身分の高い人のそばに仕えて雑用をする侍女)の若竹が不義の子を宿したとの風評を耳にした。

奥の秩序維持のため若竹に対し詰問したが固く口を閉ざし相手の名を明かす事は無かった。遂に若竹は藩の法度により死罪に処された。

ところが後になって若竹の相手が長男の直清(なおきよ)であったと言う事が判明されたのである。

直中は知らなかったとは言え若竹と自分の孫となるはずだった腹の子を葬った事に心を痛め追善供養のため京都の名工駒井朝運(こまいちょううん)に命じて五百羅漢を彫らせ天寧寺に安置させた。

仏殿に足を踏み入れると五百羅漢の迫力の影になんとなく寂しさのようなものを感じるのはその成り立ちによるものだろう。↑天寧寺_仏堂(羅漢堂)_五百羅漢

ところで彦根藩の井伊と聴いて井伊直弼(いいなおすけ)を思い浮かべた人は少なくないはずだ。

大老としての直弼が行なった安政の大獄は直弼の暗殺へと導いた。歴史上あまりにも有名な桜田門外の変(1860年)である。

直弼の死亡の理由が暗殺となると混乱が巻き起こる。だから公には病死として扱われ暗殺現場に残された血染めの遺品は四斗樽4杯に詰められ密かに彦根へ運ばれた。

遺品は人目に付かない場所に埋める必要があった。そこで選ばれたのが一般人の入る事の出来ない井伊家ゆかりの天寧寺だった。

仏殿を正面に見た時、その左脇手前に直弼の供養塔が建てられている。↑天寧寺_井伊直弼の供養塔

今も尚、この供養塔の下には血染めの遺品の入った四斗樽が眠っていると言う。

実は冒頭で紹介した直中は直弼の父親であり、直清は直弼の兄である。直中、直清に縁の深い天寧寺に直弼の供養塔が建てられたのは必然的な事だったと言える。↑天寧寺からの眺望。遠くには彦根城が見える。

話は変わるが長野主膳(ながのしゅぜん)と言う人物がいる。出処は明らかになっておらずその前半生は不明だが国学者だった主膳は直弼からの信頼を受け彦根藩の重臣にまで上り詰めた。安政の大獄においては主膳が影の首謀者とされている。

主膳は直弼の死後、藩内で対立する派閥によって斬首・打ち捨ての刑に追い込まれた。

その主膳の墓は直弼の供養塔の横にある。↑天寧寺_長野主膳の墓

さて、たか女の石碑の話である。この石碑は直弼の供養塔と主膳の墓の後方に隠れるように置かれている。

その理由は直弼と主膳に大きく関わっているからだ。

直弼の若かりし頃、直弼から寵愛を受けた女性がいる。それが村山たかだった。

たかを主人公にした諸田玲子氏の小説「奸婦にあらず」では天寧寺が直弼とたかの逢瀬の場所として描かれている。

一説によると、たかは多賀大社(滋賀県)尊勝院の院主・尊賀と般若院の娘との間に生まれたとされる。

20歳になると京で芸妓となりその後彦根城下で過ごす中、直弼と出会い情交を結んだ。しかし芸妓上がりのたかは直弼の側女にすらなれなかった。

その後、たかは直弼を通じて出会った主膳とも深い関係になる。

このように直弼、主膳の2人と関係を持ったたかは安政の大獄が断行されると2人に協力しスパイ活動を行った。そしてそれが災いを呼ぶ。

倒幕の志士に恨みを買い、捕らえられて三条大橋の橋脚に三日三晩生き晒しにされたのだ。

波乱万丈の人生を歩んだたかは晩年、尼となり京都の圓光寺(えんこうじ)で余生を送りそこで眠りに入った。

たかの墓は圓光寺にある。ここの住職が直弼の側にいた方が良いだろうと遺骨を移動させようとお墓を掘ったところ何も残っていなかった為、その土だけをたか女之碑の下に埋葬したと言う。↑天寧寺_たか女之碑

直弼、主膳、たかの悲劇は天寧寺によって包容されている。直中、直清、若竹の悲劇もまた然りである。

直弼や主膳の取った行動は過激であり、多くの人々の命を奪った。私達は直弼に良いイメージを持ち合わせていない。

しかし、表舞台と裏舞台は勝者によって入れ替わる

もし、直弼が暗殺されずにその後の日本が全く異なる路線を辿っていたならば、もしかしたら直弼、主膳が英雄として扱われていた可能性だってある。

たかはそんな思いを抱きながら今も2人を後ろからそっと見守り続けているに違いない。

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