境内は拝殿の直前まで空に向かって高く伸びる木々に囲まれています。
厳かな雰囲気に包まれた椿大神社(つばきおおかみやしろ:三重県鈴鹿市)です。
三重県内では全国的に有名な伊勢神宮、夫婦岩で知られる二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)に次いで3番目に参拝者数の多い神社と言う事ですので人気のスポットと言う事になりますね。
なぜ、それ程までに多くの参拝者が訪れるのでしょうか?
その理由の一つとして椿大神社は全国に約2千社ある猿田彦大神(さるたひこおおかみ)を祀る神社の総本社とされている事にあるでしょう。
猿田彦大神は「古事記」「日本書紀」の天孫降臨の段で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に遣わされた邇邇芸命(ににぎのみこと)を道案内した神様として登場します。
と言う事で、猿田彦大神に関連するスポットを中心に境内を廻ってみましょう。
本殿・拝殿:
※写真は拝殿の写真です。
現在の本殿は1968年(昭和43年)に建て替えられたもので総檜の神明造り(しんめいづくり)。神明造りと言うのは最も古い神社建築様式とされ掘立柱(ほったてばしら)・切妻造(きりづまづくり)・平入(ひらいり)の構造様式のものを指します。
ちなみに、拝殿前の石畳は強力なパワースポットだそうです。お参りする前からパワーを得られると言う事ですね(^^)
椿岸神社(つばきぎしじんじゃ):猿田彦大神の奥さんである天之鈿女命(あめのうずめ)が祀られています。縁結びの神様でもある為、椿岸神社の横にある「かなえ滝」の写真を待ち受けにすると良縁が生まれると言われています。↑かなえ滝
高山土公墳墓(たかやまどこうしんりょう):猿田彦大神の墳墓とされる前方後円墳です。
御船磐座(みふねいわくら):
天孫降臨の際の御一行の船が到着したとされている場所です。
獅子堂:聖武天皇(しょうむてんのう)の勅願により獅子頭が奉納された事からこの名前が付いています。そんな事もあり椿大神社は獅子舞発祥の地とされています。
松下幸之助社:松下電器産業(現パナソニック)の創業者である松下幸之助が祀られています。松下幸之助は「経営の神様」と称えられていますから神様として祀られても問題無しですね(^^)
行満堂神霊殿(こうまんどうしんれいでん):猿田彦大神の神裔(しんえい:神の子孫)である行満大明神をはじめ、鈴鹿七福神の一つである延命長寿の神・寿老神(じゅろうしん)などが祀られています。
如何でしたでしょうか?
ところで、椿大神社は椿の名が付くだけあって、おみくじも、絵馬も椿づくしですがなぜ社名に「猿田彦」の文字が使われていないのでしょうか?↑椿みくじ↑絵馬
そこで、椿大神社の社名の由来を調べたところ「仁徳天皇(にんとく)の御代、御霊夢により「椿」の字をもって社名とされ、現在に及んでいます」との事でした。
でもこれではいまいち良く分かりませんよね。
と言う事でもう少し調べたところ、仁徳天皇の見た夢と言うのが「一夜にして椿が咲きまくった」と言う夢だったようです。
椿は日本原産の日本を代表する植物の一つです。日本では古くから常緑の植物を神聖視する文化がある為、冬でも青々と茂っている椿は神社や寺に盛んに植えられて来たそうです。
その椿が咲きまくる夢を時の天皇が見たから「それでは椿の名を付けよう」としたと言う事ですね(たぶんですけど)。↑拝殿と椿
さて、名前の由来は分かったとして、もう一つ問題があります。
なんと!猿田彦大神(さるたひこおおかみ)を祀る神社の総本社を名乗る神社がもう一つあるのです。
それが伊勢市の伊勢神宮内宮の近くにある猿田彦神社です。
総本社を名乗る神社が二つある事は謎であり、論争にもなっているようです。
しかし、ここではどちらが正しいかは議論せず、神話の世界の話が現代も論争の種になっていると言う事に日本の歴史の面白さを感じて頂けたらと思います。
猿田彦大神は地球上に生きとし生けるものの平安と幸福を招く「みちびきの祖神」と言われています。最終的にこの論争の結末もより良い方向へと導いてくれる事でしょう。
椿の花言葉は「控えめな素晴らしさ」「気取らない優美さ」です。表面の華やかさに惑わされず中身のある美しさへと導かれるように椿大神社でお祈りしましょう。
【関連情報】
椿大神社のお土産情報です。