福澤諭吉旧居を訪ねて少年時代の諭吉に会いましょう

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福澤諭吉旧居

日本でもっとも有名な人物の一人。

日本に来る外国人も名前は知らないと思いますが顔だけは必ず見ているはずです。

一万円札の肖像画として採用されている福澤諭吉。

福澤諭吉と言えば340万部近くを売り上げた大ベストセラー「学問のすゝめ」の出版、慶応大学の設立など近代日本の発展に大きく寄与した人物です。

01 福沢諭吉旧居_福澤諭吉の銅像

諭吉は中津藩(大分県中津市)の下級武士の子として大阪の中津藩蔵屋敷で生まれましたが、2歳のときに父親が亡くなると帰藩し、19歳まで中津で暮らします。

諭吉が暮らした家は今なお中津に「福澤諭吉旧居」として残されています。

02 福沢諭吉旧居

03 福沢諭吉旧居

諭吉はこの家でどのような少年時代を送ったのでしょうか?

有名なエピソードを一つ紹介したいと思います。

諭吉が12、3才のころ、藩の殿様の名前を書いた紙切れを踏んだことで兄に怒られます。紙に書いたものを踏んで何が悪いのかと疑問を持った諭吉少年は、ならば神様の名前が書いてある札を踏んだらどうなるかと、人のいないところで踏んでみましたが何も起きませんでした。ついでに便所紙として使ったそうです。

何とも大胆な事をしますね(^^;

既成概念に疑問をもつ姿勢はこの頃から備わっていたと言う事ですね。

04 福沢諭吉旧居

↑2階の窓辺で学問も続けた土蔵

諭吉はその後、欧米諸国を歴訪し西洋の文明に触れその経験を基に「西洋事情」「学問のすゝめ」「文明論之概略」などを次々に発表して行きます。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」

明治に入ったとは言え封建時代の余韻の残る時代にこのような考えを世に広めた事は諭吉が大人になっても既成概念とらわれない人物だった事を証明しています。

先の見えない現代。既成概念にとらわれない斬新な考えや提案を求める会社も多いのではないでしょうか?しかし、実際に提案すると即却下、なんて事ありませんか?受け入れ側の考えも変えなければならないと言う事ですね。

ところで福澤諭吉旧居に併設されている「福澤記念館」には日本銀行から贈呈された1万円札の旧札と新札の1号券が展示されています!

もし諭吉少年がこの貴重な1万円札を見たらどう思うのでしょうか?

流石に自分の顔が印刷されたお札を便所紙としては使用しないですよね(^^;

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