ガリバーの旅行先になりそうな石仏群

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臼杵石仏

慶長5年(1600年)4月、大分県臼杵市佐志生(うすきしさしう)に一艘の船が漂着しました。

船の名前はリーフデ号。航海長はイギリス人のウィリアム・アダムス。

ウィリアム・アダムスは後に三浦按人(みうらあんじん)と言う名前が与えられ徳川家康の下で外国使節との対面や外交交渉で通訳を務めたりするなど外交顧問として活躍しました。また、幾何学や数学、航海術などの知識を家康以下の幕閣に授けたとも言われています。

ウィリアム・アダムスと共に漂着した外国人にオランダ人のヤン・ヨーステンもいました。彼もまた外交顧問として家康から信任され、江戸城の内堀内に邸を貰い、日本人と結婚しました。屋敷のあった場所は現在の八重洲のあたりだそうです。この「八重洲」の地名は彼の名前から来ていると言う事です。「ヤン・ヨーステン」が訛って「耶楊子」(やようす)と呼ばれるようになり、これがのちに「八代洲」(やよす)となり、「八重洲」(やえす)になったと言う事です。

誰がどのような経緯で歴史に名を残す事になるのか分からないものですね。皆さんもこの2人の名前、日本史で習った記憶がありませんか?

さて、ウィリアム・アダムスですが、なんと!「ガリバー旅行記」のモデルになったと言う説があるようです。

ガリバーが旅した架空の国々の中で日本だけが唯一実在の国であり、踏絵のことなども書かれています。ナンガサク(Nangasac, 長崎)と言う地名まで出て来ます。

ガリバー旅行記の作者はジョナサン・スウィフト。ロンドンにある大英博物館では、スウィフトの蔵書リストにある「パーチェスの巡礼」にウイリアム・アダムスの手紙が収録されているそうです。

航海士だったウィリアム・アダムス。そしてその数寄で波乱万丈な人生が作者のスウィフトにヒントを与えたのかも知れませんね。

ガリバーは小人の国や巨人の国などの不思議な国へ漂流しますが、ガリバーのモデルになったかも知れないウィリアム・アダムスが漂着した臼杵には旅行記の架空の地の一つになりそうな場所が有ります。

それは臼杵石仏(うすきせきぶつ)です!

臼杵石仏は60余体からなる磨崖仏群(まがいぶつぐん)です。磨崖仏は、そそり立つ岩壁や岩壁を龕状(がんじょう=仏像·仏具を納めるために設けたくぼみ)に彫った内側に刻まれるなど、自然の岩壁や露岩、あるいは転石に造立された仏像を指します。

この臼杵石仏は平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたとされているようですが、誰がどのような目的で造ったのかはっきりと分かってはおらず、今なお多くの謎に包まれていると言う事です。

どうです?ガリバーの旅行先になりそうな感じがしませんか?

平成7年(1995年)には、磨崖仏として日本初、彫刻としては九州初の国宝に指定されました。その質の高さ量ともに日本一と言っても過言ではありません。

臼杵へ訪れる際は、ガリバーの旅行とウィリアム・アダムス(三浦按人)の波乱に満ちた人生を想像しながら臼杵石仏に足を運んでみては如何でしょうか!

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