平城宮を陰で支える日本のハイテク技術

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広大な敷地面積を持つ平城宮跡(奈良市)。東西1.3キロメートル、南北1キロメートル、面積120ヘクタール(甲子園球場の約30倍)の広さ!

「奈良(なら)」という地名の語源の一つは「土地をならして作ったから」というもの。平城宮跡はそんな語源にぴったりと合う奈良を代表する史跡の一つです。

平城京は708年(和銅元年)に元明天皇により遷都の詔(みことのり)が出され、710年(和銅3年)に藤原京から移されて来ました。

シルクロードの終着点であった国際都市・平城京。

中央を走る朱雀大路(すざくおおじ)には唐や新羅(しらぎ)、中には遠くインド周辺から来た人々も行きかった事でしょう。その朱雀大路の北端に平城宮は位置していました。

当時の面影を残す平城宮跡は1998年(平成10年)12月「古都奈良の文化財」として東大寺などと共に世界遺産に登録されています。

その中で堂々とそびえ立つ平城宮最大の建造物が2010年4月に平城京遷都1300年を記念に復元された第一次大極殿(だいいちじだいこくでん)です。

第一次大極殿は当時の設計図や参考になるような絵画などが残っていなかった為、発掘調査で判明している基壇や恭仁宮(京都府木津川市)の大極殿(国分寺金堂)の跡に残る礎石の状態などから大極殿の大きさ、形を推定し法隆寺金堂、薬師寺東塔など、同時代の寺院建築も参考にしながら復元されました。

ところで、この大極殿には免震構造が組み込まれています。外観は当時のデザイン、内側には日本が世界に誇る建築技術が組み込まれている。まさに縁の下の力持ち!

表向きは古(いにしえ)の姿を見せつつ、目立たない所で最高の活躍をしている分けですね。

かっこいー!「Cool Japan!」ですね。

写真=第一次大極殿

【English WEB site】
http://japan-history-travel.net/?p=4885

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