鉄砲3,000丁に匹敵する活躍をした男の話し

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2013.07.20-041-1.00 Japan_新城_長篠城址

長篠の戦いのMVPは誰だ!

この人しかいないでしょう。

その人は鳥居強右衛門(とりいすねうえもん)です!

「援軍は来る。この目で見て来た。あと2、3日、堅固に守れ!」

この言葉が長篠の戦いで織田・徳川連合軍を勝利へ導くきっかけの一つになった事は間違いないでしょう。

MVP獲得への道は以下の通り。

『奥平信昌は徳川家康から託され長篠城(愛知県新城市)を約500の兵で守っていたが武田勝頼率いる1万5000の兵に包囲された。

信昌は岡崎城にいる家康に援軍を要請する事を決断したが武田の大軍によって取り囲まれている状況下で使者を送ることは不可能に近いと思われた。

この命がけの困難な役目を自ら買って出たのが強右衛門だった。

強右衛門は城から見事脱出し岡崎城まで赴いて援軍の要請に成功した。長篠城へ向かって引き返した強右衛門はいち早くこの朗報を伝えようと入城を試みた。ところが、城の近くで武田軍の兵に見付かり捕らえられてしまった。

強右衛門への取り調べによって、織田・徳川の援軍が長篠に向かう予定であることを知った勝頼は命令に従えば強右衛門の命を助けるばかりか武田家の家臣として厚遇することを条件に、「援軍は来ない。あきらめて城を開けろ」と城に向かって叫ぶよう、強右衛門を説得した。

そして城に向かって強右衛門が叫んだ言葉は「援軍は来る。この目で見て来た。あと2、3日、堅固に守れ!」だった。

これを聞いた勝頼は激怒し、その場で強右衛門を磔にして殺した。

強右衛門の命を賭した姿を見届けた長篠城の兵士たちは、強右衛門の死を無駄にしてはならないと大いに士気を奮い立たせ、援軍が到着するまでの2日間、武田軍の攻撃から城を守り通す事に成功した。』

長篠の戦いといえば織田軍が鉄砲3000丁を持ちい三段撃ちを行った事が有名ですが、鳥居強右衛門1人の取った行動は鉄砲3,000丁の活躍に匹敵するのではないでしょうか?

鳥居強右衛門が歴史上に現れるのは長篠の戦いの時だけで、それまでの人生はほとんど知られていないようです。

勇気ある行動が味方を勝利に導かせただけでなく、無名の人間が後世まで名を残す事となった好事例ですね。

【English WEB】

http://japan-history-travel.net/?p=6126

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