都市部では高層ビルが空に向かって屹立し、その遥か上空をジェット機が時折り一直線の雲を描くことも。
地上に目を向けると道路はアスファルトで固められ、河川には堅牢な橋が架かり、その上を何トンもある大型トラックが日々多くの物資を運んでいます。
全国には鉄道網が張り巡らされ超高速の新幹線は私たちを短時間で遠方まで移動させてくれます。
明治元年(1868年)。。。。。
幕末の動乱もまだ冷めやらぬ時代に当時の人々はこのような風景になる事を想像できたでしょうか?
今年2018年は明治元年から150年の節目の年に当たります!
↑「明治150年」関連施策推進ロゴマーク
明治元年は日本が近代化の一歩を踏み出したとも言える年と言えます。
1872年(明治4年)に廃藩置県の断行。
1876年(明治9年)廃刀令発布。
1885年(明治18年)内閣の発足。
1889年(明治22年)に立憲体制が確立されました。
行政などソフト面の基盤が固められて行きました。
一方、ハード面である建築様式も西洋の技術・材料が採用され、従来の日本式の木造建築物の中に混ざって西洋風の石造り・煉瓦造りの建築物が増えて行くと共に鉄道が敷設され移動手段にも変化が訪れました。
こうして見ると現在の私達が見る風景の起点は明治という時代にあるのかもしれません。
この明治の風景を日本で一番広い範囲で一度に多く見せてくれる場所が博物館明治村(愛知県犬山市)です!
↑明治村レンガ通り
1965年(昭和40年)の開館当時、建築物は京都聖ヨハネ教会堂、森鴎外・夏目漱石住宅など15件だったものが現在は70件近くまで増え、東京ドーム約21個分に当たる100万㎡の広大な敷地の中に保存されています。
↑京都聖ヨハネ教会堂(重要文化財)
↑森鴎外・夏目漱石住宅
それらは前述したように現代の風景の起点になったとも言える明治時代の建物や乗物であり、当時の姿のままで保存されているためタイムスリップを味わったような気分になれるでしょう。
↑石造りの札幌電話交換局(重要文化財)
↑西洋式建築物の三重県庁舎(重要文化財)
↑鉄材が使用された隅田川新大橋
中でも特筆すべきは蒸気機関車(名古屋鉄道12号 – 旧鉄道院160形)、旧京都電気鉄道(後に京都市電)の車両(狭軌1型)ではないでしょうか。
機械類が、本来の用途としての動作・運用が可能とは限らない状態で保存されていることを静態保存(せいたいほぞん)と言います。
簡単に言うと動かないと言う事です。
それに対し、機械類が本来の用途としての動作・運用可能な状態で保存されている場合、もしくはその状態そのもののことを動態保存(どうたいほぞん)と言います。
明治村の蒸気機関車と京都市電の車両は動態保存されており、実際に乗ることが出来るのです!
↑蒸気機関車(名古屋鉄道12号 – 旧鉄道院160形)
↑旧京都電気鉄道(後に京都市電)の車両(狭軌1型)
当時の乗り物に乗りながら明治の風景を味合う事ができるのは明治村ならではの魅力でしょう。
少し話はそれますが明治村は周囲16kmの入鹿池(いるかいけ)のほとりに位置します。
その入鹿池は江戸時代の前半1633年に築造完了した全国でも一二を争う規模を持つ人工の農業用ため池です。
2015年には国際灌漑排水委員会による世界灌漑施設遺産にも登録されました。
このような観点から見ると明治村はその周りの風景を含めて広大な歴史遺産と言う事ですね。
↑入鹿池
さて150年と言う周期を見た時、過去にはどのような出来事が有ったのでしょうか?
明治元年(1868年)から数えて150年前は1718年。この年に大きな出来事はなかったのですがその2年前の1716年には徳川吉宗は第8代目将軍に就き享保の改革を開始しています。
更に1718年から遡ること150年前の1568年には織田信長が足利義昭を奉り上洛しています。
明治元年も含めどれも国の体制に大きな変化のあった年と言えそうです。
さて現在です。
AIが発達し自動運転車の開発が進むなど世の中が激変しつつある潮流の真っ只中にあると言えます。
そして来年2019年は天皇陛下が退位され元号が変わります。
慶応から明治と元号が変わり世の中が大きく変わりました。平成から新しい元号に変わる来年も何か大きな変化があるかもしれません。
世の中が全く異なる形に変化することには不安が伴います。しかし、それよりもワクワク感を持ってその変化に臨んだほうが良さそうですね。
それは明治村が明治という時代はワクワク感が放たれていただろうと言う雰囲気を醸し出しているからです。
↓明治村の主だった建築物です。それでは明治の雰囲気を楽しんでください!