石高(こくだか)ゼロだった松前藩を潤したものとは

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2013.08.11-096-1.00 Japan_北海道_松前_松前城

北海道最南端に位置する松前町。松前は先住民であるアイヌの人々の地でした。和人が住み始めたのは平安時代末期。アイヌ民族との度重なる抗争の末、和人社会の地位を築いたのが蠣崎(かきざき)氏。

蠣崎氏は天下を平定した豊臣秀吉に拝謁することで本領を安堵されました。秀吉の死後は徳川家康に接近して慶長4年(1599年)、姓を松前氏に改めると共に家康から蝦夷地に対する支配権を認められました。

江戸初期には蝦夷島主として客臣扱いでしたが、五代将軍徳川綱吉の頃に旗本待遇となり、さらに享保4年(1719年)から1万石格の大名となりました。

松前藩は米がとれなかった為、石高で表す知行がなく「無高の藩」と呼ばれていました。
そんな松前藩に繁栄をもたらしたものの一つが豊富な水産資源です。

松前と聞いて何を連想しますか?

松前漬けと答える人は多くいると思います。

松前漬はその名の示すとおり松前藩の人々が保存食として食べていたものがルーツだと言われています。しかし、その一方でそれに異を唱える説もあるようです。

その説とは地名ではなく昆布の異称として松前の名がついたと言うものです。江戸時代、昆布は松前藩から運ばれたものが多く、当時、産地を示すブランド名として「松前」を使用していたものが、商品名・料理名として広まったということです。よって「松前漬け=松前産」ではないと言うことのようです。

どちらの説が正しいかは別にしても松前漬けは松前藩がもたらした北海道の豊富な水産資源に由来されていると言う事には変わりないと言う事ですね。

海は私たち日本人にとって大事な水産資源を育む場所です。きれいな海を維持するよう一人一人が心がけたいものです。

P.S
私は松前に行く際に、函館から国道228号線を南下するルートを取りました。その途中スピードオーバーでお巡りさんに捕まってしまいました。
北海道は交通量も信号も少ないのでついついスピードを出し過ぎてしまいます。楽しい旅行にする為にもスピードの出し過ぎには注意しましょう!

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