灯台もと暗し!広島の隠れた?名所

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縮景園

広島と言えば宮島、原爆ドームをまず最初に思い浮かべるのではないでしょうか?

しかし、灯台もと暗し。こんな所があったのかと思わせるような綺麗な庭園が広島の玄関口、広島駅からわずか900メートルのところにあります。広島に着いたら、まずここを訪問してみては如何でしょうか?

それは縮景園(しゅっけいえん)です!

浅野長晟(あさのながあきら)は、豊臣秀吉に仕え、秀吉がその政権下で設置した五奉行の筆頭だった浅野長政(あさのながまさ)の長男です。

縮景園はその長晟が広島藩主として入国した翌年の元和(げんな)6年(1620年)に広島藩家老であり茶人としても知られた上田宗箇(うえだそうこ)に命じ別邸の庭として築成させたものです。

天明年間(1781年~1788年)には京都の庭園師・清水七郎右衛門(しみずしちろううえもん)により大改修が行われ現在の規模になりました。

その後、時を隔てた昭和20年(1945年)に原爆により壊滅的な状態となりましたが、復興の整備が進められ現在に至っています。

縮景園の名前の由来は

「幾多の景勝を聚(あつ)め縮めて表現したことによるが、また、中国杭州の西湖を模して縮小したとも伝えられる」

と言う事です。

縮景園の園内は景勝だけでなく色々なものが存在し、その名に相応しい見どころが満載です!

以下、興味深いところを抜粋させて頂きます。

■濯纓池(たくえいち)

縮景園の中央に拡がる池の名称です。

亀や鶴をかたどったとされる大小10の島が浮かんでいます。なんと!この池には鯉とボラが共存しています。なぜ、このような現象が起きているのでしょうか?

ボラは河口や内湾の汽水域に多く生息します。「汽水」とは淡水と海水が混在した状態の液体を指します。広島の街はデルタ地帯(三角州)、すなわち河口の上に出来た街です。濯纓池の水は縮景園のすぐ横を流れる京橋川から満潮時に取り入れてる為、汽水の池となっています。

このような理由から鯉とボラが共存しています。面白くないですか?

■誇虹橋(ここうきょう)

濯纓池の中央に架かる石の橋です。縮景園のランドマークと言って良いのではないでしょうか。縮景園は爆心地から約1.5kmと言う近距離に位置しています。しかしこの橋は爆風に耐えたと言う事です。
橋に設けられている石段は上に向かって少し傾斜がついています。これは地上と天を結ぶ意味を持っていると言う事です。

縁起の良い橋ですね。この橋を渡る時は滑らないように注意しましょう。

■霊迹壇(れいせきだん)

江戸時代前期(1600年代)に発生した大洪水の時に縮景園に漂着した3体の仏像をお祀りしていたものです。現在、堂内にあるのはその内の1体で、平安時代後期頃(1100年代)に作られたと思われる寄木造りの十王像(じゅうおうぞう)です。

残りの2体は原爆で焼失してしまい、この1体だけが奇跡的に一部損傷しただけで残ったそうです。

お堂の扉は開ける事が出来ます。是非この奇跡の十王像にお参りして下さい。

■被曝樹木

被曝後も生き残った樹木が広島市内には170本あるそうです。その内の3本が縮景園に有ります!

■楊貴妃型石灯籠

楊貴妃がつけていた冠に似ているからこの名前が付いたと言う事です。しかもこの灯篭、京都の大徳寺・聚光院にある千利休のお墓と同じ形だそうです!

どうですか?縮景園には凄い物が満載と思いませんか?

灯台もと暗し。皆さんの周りにも凄い宝が眠っているかも知れません。それは物ではなく、人であったり、才能であったりするかもしれません。改めて探してみては如何でしょうか?

【English WEB site】
http://japan-history-travel.net/?p=4923

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